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バンドはかぞく、バンドとかぞく - Chefをつづる① -

 

「Chef  impair spleenってどういう意味なんですか?」

 

 

バンド活動をしておそらく最も聞かれたのがこの質問だ。

 

 

私達がこの名前を名乗るようになったのには勿論それなりの経緯があるのだが、いかんせん要約するのが面倒なのと、長く話す割には与える中身が薄いため、なんとなく誤魔化して適当に話すしかなかった。

 

「バンド名の由来」

 

後何回かで終わるであろうこのエッセイの、本日のテーマである。

 

 

バンドマンの皆さんは1度聞いたことがないだろうか。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION

 

BUMP OF CHICKEN

 

このような英単語3つを並べ、かつ「あ行」から始まり「ん」で終わるバンド名は

 

 

まあまあの確率で「売れる」と。

 

 

 

例えが偉大過ぎるのは、ここでは問題ではない。

 

この噂を見事に信じた男がいる。

 

 

私だ。

 

 

その噂によると、名前のニュアンスが良くなるから覚えてもらいやすいというのだ。

 

あと略しやすいとかなんとかもあるみたいだ。

 

後者は別に言葉の選びようだが、前者は確かに一理ある。

 

もう例に挙げたバンド名とか流れが良すぎて1秒で言えちゃうよね。

 

 

ごめん言えないわ、測ったら2秒5くらいだったわ。

 

 

そんなところで、バンド名は「英単語3つ」「あ行始まりのん終わり」という2要素で決めると心に誓ったのが高校3年の夏前、受験勉強をしようにもやり方がわからずとりあえずノートに単語書いて「結局センター試験ってなに?」と考えながら完全上の空だった時だ。

 

 

しかし、うんともすんともあ行の英単語が見つからない。

 

見つけてももうだいたい誰かが使っている。

 

やっぱり他で聞いたことあるやつはちょっと使うのためらう。

 

悩んだ挙句心に誓ったはずの「あ行始まり」をまず無かったことにした。

 

 

その代わりに、皆んなに覚えてもらえるような、固有名詞をつけるのはどうかと考えた。

 

例えバンド名が訳分からなくても、固有名詞を付けておけば、その名前で呼んでもらえる。そのまま略した事にもなるので良いアイデアだと思った。

 

 

付けても大丈夫そうな固有名詞を身の回りで探す日々。

 

それでも簡単に見つかる訳はなく、今ひとつだなあとしっくりこない。

 

 

身の回り…身近なもの……

 

みのわまり……ミノノマワワワ………

 

 

シェフ

 

シェフは?

 

シェフだ〜

 

シェフだわ〜

 

決まったのである。

 

 

どうしてシェフなのかは次回のお話。

 

 

 

受験勉強はちなみに2学期からようやく理解して取り組みましたとさ。

 

べつにいいじゃないか - 2man liveをつづる -

 

ある友人?後輩?から山桜の盆栽セットをもらった。

 

 

私は実を言うと、人間以外の動物があまり得意ではない。

 

犬は幼少の頃のトラウマで未だ小型犬でも怖い。いやむしろトラウマの元は小型犬であったので手の施しようがない。

 

猫に関してはアレルギーがあるので近寄れない。

 

そして猫顔はアレルギーこそないがあまりタイプではない。

 

私が好きな顔は鳥もしくはキツネ系、あるいは両方のバランスをとったタイプである。

 

 

え、お前のタイプとか聞いてないって?

 

俺は自分の顔はどちらかというと犬あるいは狸だなって思う話もいらないって?

 

高校の仲良くない犬顔の同級生と、嫌いだった担任に「大田くんは犬顔だよね」ってなんの脈絡もなく言われてうんともすんともワオーンとも言えずにそれ以降全く話す事は無かったっていう話もいらないの?

 

 

 

話が逸れた。

 

山桜は育ち花が咲くのに5年かかるそうだ。

 

俺も植物という命に触れ、育てる事で何か変わるかもしれないと息巻いて説明書を読んだ時に知った。

 

何も変わらず、目だけがたちまち白眼に変わったというお話である。

 

 

 

3月18日、Chef impair spleenというバンドの最後のライブが幕を閉じた。

 

ずっと背中を追ってきたつもりだった対バンのこんにちわず、本当にありがとう。

 

最後7人でステージに立った時、それぞれ違うけど、一緒に歩いているんだなと思った。

 

 

当日は静岡朝日テレビmusicるTV@Shizuoka』という音楽番組に取材に来て頂いた。

 

本当に1日通して撮影して頂き、お世話になりました。

このお仕事に何か貢献できないかという気持ちで、今の自分たちができる演奏をやり通した。

 

 

ハンドを始めたきっかけは、テレビの前の長髪でやせ細った、少しダサい格好をしたロックスターである。

 

「ああ、俺はこの人になるんだ」

 

そう思ってお姉ちゃんの弾かなくなったギターを借り、Fメジャーで挫折、1ヶ月ウイニングイレブン8をプレイしたのち再度練習を始めたのが10年前だ。(ウイイレはリーグモードでセリエAに勝ち上がる方法がわからず、というかとりあえずセリエAが良いっしょ!としか思ってなかった為、続かなかった。

例えばアンパンマンを知り食パンマンを知らず、といったところである。)

 

 

自らがロックを志し、やる上でのアイデンティティが彼であった。

 

彼は1人という存在、2人称として存在する他者を重んじる人だった。

 

そんな人の書く曲が見事に刺さった。

人の接し方や馴染み方がわからず、悩まなくて良いことまで悩んで頭が一杯だった私は、彼の曲を聴きながら、なんとかなる、明日は良くなると言い聞かせた。

 

 

Chef impair spleenというバンドで、同じ事を体現しようとしたんだと思う。

 

初期に書いた曲を聴き直してみた。

 

ある人に歌詞が説教臭いと教えてもらったが、なるほどその通りに思えた。

 

説教は耳が痛いし、人の為と思っているだけで、実は言葉の痛いとこしか相手には残らず、暖かさはほんの少しも伝わらないのがお説教というものだ。

 

 わかりやすい言葉だと安っぽくなると思い、凝った感じや難しい言葉を調べ、勉強し、散りばめてみた。

 

 

誰かの為に伝えよう、誰かの救いになろう、ロックバンドはそういうものを体現し、形にできると信じていた。

 

 

これが音楽を聴く人にも、そして自分にも重いと気付いたのは、3年経ったのちChefを止めようと決めたその時である。

 

 

だけどそんな曲たちも、あの場所で歌った時、確かに聴いてくれた人がいたんだと思った。

曲に動かされて続けてきたんだなと思ったのだ。

 

Chef impair spleenとして作ってきたものの全ては、それはそれで良かったのである。

 

 

みんな違うから、1人としてちゃんと認める。1人として向き合う。

 

みんなで1つになろう。

 

 

もうどっちでも良くなってきている。

 

 

1人1人が違うとか、1つになろうとか、もうなんだか、そういうのいちいちうるさい。

 

別になんだって良いんだ。

どっちも正しい。でもどっちじゃなきゃダメなんてことはない。

 

なんだっていいのだ。

 

そう考えると楽しくなって、ちょっとだけ肩の力が抜けた。

 

 

まああんな贅沢は場所にまた簡単に戻ろうなんて、今の立場では言えない。

 

 

 

誰かに寄り添う事をやめた。

誰かの為に音楽をする事をやめた。

 

 

私はロックスターではない。

 

そしてロックスターにはなれないのだ。

 

今はそれで結構である。

 

 

普通の人になる。

 

普通の人として音楽を続ける事がしたい。

 

もしあの日、G-sideでお客さんと一緒に音楽をした私が、ロックスターでは全然なかったら

 

それが一番嬉しい。

 

新しい自分の始まりである。

 

 

 

今朝腰が爆裂した。

 

立てない。

 

誰かーーーーーーーーー!!!!!

たーすけてぇーーーー!!!!!

 

わかった気、想う、ひいばあちゃんのはなし - サヨナランドをつづる ② -

 前回自分の趣味の話を無理やりバンドに絡ませた私である。こんにちは。

 

 

エッセイとかでかい口叩く割には更新が牛歩だね。

 

明後日が2マンライブなのに新曲にまつわる話してねえ…

 

誰にも怒られない、でもこのままいくと、頭の中に彦摩呂さんが出てきて、ちょうどよく焼けたステーキを頬張りながら「ホンマ何がしたかってん、自分」と吐き捨てられそうだ。

なんとなく核心ついた言葉を吐き捨てられて傷心させられそうな人だ。

 

そうそう、なんか関西圏の人って相手のこと「じぶん」って呼ぶ人いるよね。そんなイメージだよね。

 

 

ということで急ピッチ進行します。

 

 

 

楽曲制作時、私はまだ身内始め親しい人が殆ど皆んな元気に生きていた。というのは大げさで、普通にどっかしらで生活していた。

 

 

ただ一人、12,3年程前のひいばあちゃんの死を除いて。

 

 

「お前のひいばあちゃんは、島では踊り子だったんだよ。歌も上手くて、祭りや盆の時に歌い踊る姿は凄かったんだ。お前はきっとひいばあちゃんの血があるんだろうな。」

 

 

いつだったか、ひいばあちゃんが亡くなってしばらくして、父にこんな話をしてもらった。

 

 

ひいばあちゃんは私が物心ついた時にはボケてしまっていて、私がひいばあちゃんに会うと、必ずと言っていいほど父と勘違いされた。

 

そのためかコミュニケーションの取り方が幼いなりにも考えられず、結果彼女とは上手く話せたことがなかった。

 

正直ちょっと怖いとも思っていた。何もできず、歩み寄ろうにもできない感じにモヤモヤしていた。

 

 

去年の夏から秋頃、いつものように特撮を観た後(何を観たかは覚えていません)に、自分の大切な人がまだ生きてること、そして父から聞いたひいばあちゃんの話を思い出した。

 

 

芸術で描かれる死を知っていること、現実の死は知ってるようで、実はわかった気でいるように思うこと、そして、ひいばあちゃんの死を上手く受け止めきれなかったこと。

 

色んなことを考えた。

 

 

特撮を見てそんなことを考える情緒を持っていることには目を伏せて下さい。

 

 

そうして考える内に、死を想像し表現してみるのはどうかという所に行き着いた。

 

 

死ぬことは生きてるだけでわかる訳がないし、他者の死も考えれば自分じゃないので、幾ら悲しかろうと、寂しかろうとわかった気にしかならないのだ。

 

 

そこできっと大事になるのは、死を想う事じゃないか。

 

 

大事な人の死を想像する事、いなくなった後で死を想う事。

 

 

わかった気でいられる死は、そうして自分の中に残る。

 

そこには愛がある。

 

ひいばあちゃんの事をわかりきれなかった俺にも、自分の中にあるひいばあちゃんの生きた姿が愛の象徴だとしたら

 

 

このわかりきれない死について思うことを曲にしようと書き始めた。

 

 

ひと通り書き終えてタイトルはどうしようかとなった時、敢えて馬鹿馬鹿しい名前をつけてみたくなった。あんまりそこには理由は無く、なんとなくで。

 

 

『サヨナランド』

 

駄洒落じみた名前。

 

自分が生き抜くまで残る、生き抜いた人との愛と、繋がり。

 

彼らが違う場所で、今は行けない場所で、かっこよく面白おかしく過ごしてたらと想像してみる。

 

ひいばあちゃんが俺の知らない場所で、楽しく歌って踊ってたらと想像してみる。

 

 

いつか、どんな人か知るために改めて話させてもらおう。

 

そんな踊ってねえし、歌もそこそこだし、てか勝手にあたしのこと歌ってんじゃねえバカひ孫が!

 

 

 

なんて怒られんのかなとか思って笑ってしまった。

 

 

生き抜いたあなたは今、私の光です。